2016年にヒットしたドラマ「カルテット」をはじめ、「東京ラブストーリー」「Mother」などを手掛けた有名脚本家・坂本裕二さんの最新作を今回はレビューします。
タイトルは『往復書簡 初恋と不倫』。
もう最初に言います。傑作です。
坂本さんが脚本を手掛けたドラマのファンの方にはど真ん中間違いなし、そうでない方もきっと 会話の魔術師 の虜になるはず!
※多少ネタバレがありますのでご注意ください。
1.基本情報
タイトル:『往復書簡 初恋と不倫』
著者:坂本裕二
ジャンル:恋愛小説
出版:2017年
出版社:リトルモア
「不帰の初恋、海老名SA」
「わたしはどうしても、はじめのことに立ち返るのです。団地で溺れたわたしと同い年の女の子のこと。わたしだったかもしれない女の子のこと。」
初恋の人からふいに届いた手紙。
時を同じくして目にしたニュースでは、彼女の婚約者が運転する高速バスが横転事故を起こし、運転手は逃走中だと報じている――。「カラシニコフ不倫海峡」
「僕たちは捨てられた。問題は、さてどうしましょうか。ということですね?」
アフリカへ地雷除去のボランティアに行くと言い残し突然旅立った妻が、武装集団に襲われ、命を落とした。
一年後、後を追おうとしていた健一のもとに、一通のメールが届く。“あなたの妻は生きていて、アフリカで私の夫と暮らしている”
同じ喪失を抱えた2つの心は、徐々に近づいていき――。
(リトルモアブックス 商品ページより)
2.物語のカギ・ポイント
文字だけのやり取りから透けて見えるもの
タイトルからも分かる通り、物語は全編二人の往復書簡、つまり手紙やメールでのやり取り。
小説という文字だけの表現方法だからこそできる手法です。
緻密に構成された会話から、ふたりの関係やそれぞれの感情、そしてその変化が解るのが楽しい。
確かな言葉なはくとも端々から伝わってくるお互いへの気持ちが何故だか自分のことのようで、心がむずむずしたり痛かったり。
第三者として観ているのだけど、主人公たちそのものになっているようでもある、不思議な感覚になります。
直接的な事は言っていないのに、しっかり意図が伝わってくる言葉選びは本当に秀逸です。
真逆の2篇の共通点
恋愛としては真逆の「初恋」と「不倫」がそれぞれテーマになっている2篇。
その根底に通じているのは、
「大切な人と真の意味で分かり合うための努力をすること」
「相手に素直に気持ちを伝えること」
この2つの重要性だと思います。
簡単に言えば、コミュニケーションは疎かにするべきじゃないってことです。
頭の中で考えていることは、言葉にして相手に伝えないと考えていないのと同じ。でも自分ばかり理解して貰おうとするのではなくて、相手のことを分かろうとしないと上辺だけの関係になる。
これって日々生きててすごく思うことだけど、実際やるのって難しいですよね。
純で真っ直ぐな初恋と、大人のエゴや恥や欲望が絡まり合った不倫。
どちらも、大切な相手とちゃんと向き合って「会話」することがいかに重要かが全く違う視点から描かれています。
向けた感情を無視する側と、無視される側、というのが一番わかりやすいです。もう少し複雑なところもありますが。
無視されていても怯まずコミュニケーションを取るか、取らないか。
無視していることに気づくか、気づかないか。
これが大事な分かれ道となっています。
言葉のセンス
タイトル
2篇それぞれのタイトルに惚れ惚れ。
不帰(かえらず)の初恋、海老名SA
カラシニコフ不倫海峡
こんなに読みたくなるタイトルありますか…ねえ…
うっすらと内容を匂わせる感じ、良いです。
ちなみにカラシニコフはAK-47という自動小銃の通称。主人公(待田)の妻がボランティア先で少年兵に撃たれた銃です。
カラシニコフを持った少年兵は、死んだとされた妻の後を追い自殺しようとしていた待田に大きく影響を与えています。
登場人物
みんな、何かひと癖あります。(笑)
特に、玉埜と待田両人の「学生時代の知人」である豆生田。まあ不思議な人ですが、割と重要な役割を果たしているんです。
彼の言動が主人公たちが物事の本質に気づくきっかけになったり、絶妙なタイミングの連絡で物語がドラマチックになったりします。
いるかいないかで確実にストーリーが変わると思います。
ユーモア
そして、コロ助のTシャツ、ヒトオット、世界の耳かき展といったコミカルなワードには思わず笑いました。
会話でも面白いのがいくつかありますが、私のお気に入りはこちら。
三崎明希「もうすぐ春休みですね。二年生ですね。さびしいかもしれない。」
玉埜広志「体育館の天井の電球はどうやって取り替えてるんだと思いますか。」
三崎明希「誰かがジャンプして取り替えてるのだと思います。もうすぐ春休みですね。」
玉埜広志「まさかジャンプとは。春休みがどうかしましたか。」
(「不帰の初恋、海老名SA」より)
淡々と会話が進んでいく感じがシュールです。
そしてこのやり取り、気を付けて読むとかなり重要な部分であることが分かります。ぜひ全編読んで確かめてみてください。
3.感想
・そこまでページ数はないのにとても濃密というか、小さな実のなかにみっちり中身が詰まっている感じ。坂本さんの凄さを存分に体感できる。
・いつも小説を読むときは「実写するならどんな俳優がいいか」妄想しながら読むけど、この作品はむやみに実写化してほしくない。
文字だからこそ、二人だけの会話だからこその良さがある気がする…
(と思いながら読んでいたら、巻末に舞台化した時のキャストや演出家がバーッと書かれていて、複雑な気持ちになった。(笑))
・この小説嫌いな人いない。もしいたら挙手して教えてほしい。
・ちなみに好きな登場人物は「不帰の~」の三崎明希。
自分自身に素直で、人間味がすごくある。変な思い込みや偏見を持たない。
・玉埜が社会人になって、どこにでもいる意識高めの軽い男になりかけていたのはきつかった。
読んでて悲しくなったし少し嫌悪感を抱いた…明希の真意を分かろうとしないというか、無視しようとしてる感じ。
「変わっちまったよお前は!」って心の中でめっちゃ言った。(笑)
4.最後に(兼編集後記)
・坂本裕二さんの書く「会話」がとにかく素晴らしい
・大切な人には素直になるべし、そして理解する努力をするべし
・とにかく書店で出会ったら手に取ってほしい…!
この小説が本当にお気に入りで言いたいことがありすぎて、記事としてまとめるのが大変でした!(笑)
もし次に読む本の参考になったら嬉しいです。
秋の夜長、楽しみましょう!