【書評】きらきらひかる/江國香織 ※ネタバレあり

1.基本情報

 

タイトル:きらきらひかる

著者:江國香織

ジャンル:恋愛小説

刊行:1991年(1994年に文庫化)

出版:新潮社(新潮文庫)

受賞第二回(1992年)紫式部文学賞

私たちは十日前に結婚した。しかし、私たちの結婚について説明するのは、おそろしくやっかいである―。笑子はアル中、睦月はホモで恋人あり。そんな二人は全てを許し合って結婚した、筈だったのだが…。セックスレスの奇妙な夫婦関係から浮かび上る誠実、友情、そして恋愛とは?傷つき傷つけられながらも、愛することを止められない全ての人々に贈る、純度100%の恋愛小説。

(「BOOK」データベースより)

2.物語の軸・ポイント

「普通」とは?

笑子と睦月は「脛に傷持つ者同士」の夫婦。

それぞれどんな傷なのかはあらすじを読めば分かることなので割愛します。

奇妙な、とありますが、私はそういう言い方はあまり好きではないのでしません。どんな夫婦の形があってもいいじゃないか、と思うからです。

多様な愛を「普通」とか「一般的」というありもしない概念で全部統一化しようとするのは何故なのか、ちょっとそれらと違うというだけで非難されたり好奇の目に晒されなくてはいけないのか、疑問でなりません。

平成の終わりを生きている私でもこう思っているのに、27年も前、平成が始まってすぐの作品に反映されている世相はちっとも今と変わっていないようでした。

 

夫が同性愛者で外に恋人がいたって、妻が精神的に不安定だって、ふたりが「いい」と言っているならそれでいいじゃないか。

自分の家族には家族の幸せがあるように、彼らにだって彼らなりの幸せがあることが何故分からないのか。

 

 

この作品はお見合いで出会い、純粋にお互いが好き、というだけで結婚をした男女が、

普通

と対峙し苦悩した末に自分たちの愛を大事にできるようになるまでの、そして世間から「自立」するまでの1年が描かれています。

 

彼らの夫婦生活に波を立てるのは2人の両親や笑子の親友・瑞穂。

分かっているようで何も分かっていない、「普通」「世間一般の声」の権化

子どもをつくりなさい。つくるべきだ。それが当たり前

と二人に何の悪気もなく彼らは投げかけます。

 

性交渉しない事も受け入れていて、子供もいらない。このままでいいのに、変わらないといけない。 

耐えられない、抗おうと不安定な状態になる笑子と、それをどうにかしてやりたくでもできない事に堪らなくなる睦月。

もがきながら変化へ押し流されていく二人の姿は読んでいていてとても心が痛く、つらくなってしまいました。

荒波に揉みに揉まれ、自分たちについて沢山の気づきも得ましたが、前向きになれるものではありません。

睦月の恋人であり夫婦の安定剤のような存在だった紺も行方をくらまし、とうとう途方にくれてしまう二人。

 

現実を受け入れられない睦月に笑子は「これはいいチャンスだから山積している問題すべてにカタをつけよう」と持ち掛けるのですが、これはなかなか良い案で関心してしまいました。

夫婦関係のことで喧嘩し絶交していた親友・瑞穂と笑子は仲直りをし、笑子の両親にはこれ以上干渉させないために、睦月は恋人と別れた事(正確には違う)と人工授精で子供を授かるつもりだという事(これも嘘)を報告。

ふわふわしている睦月に対しサクサクすぎるくらいに「カタをつける」のを進める笑子。

実は紺の行方もいつ帰るのかも知っていて、「カタをつける」のも彼の考えだったというのは面白かったです。(これの伏線は割と分かりやすいので、鋭い人はすぐ気づくんじゃないかな…)

まあこうして、自分たちの幸せを落ち着いて享受するための身辺整理を終えたふたり。

その翌日の結婚1周年記念日に、(睦月にとっては)どこかに旅に出ていつ戻るかも分からなかった紺がマンションのすぐ階下に引っ越してきて、いつでも行き来できる状態になり、三人での共同生活のようなものが始まる、というのは突飛なラストでした。

愛だけで繋がっているふたりの、すべて受け入れて一緒にいること以外何も求めない、結婚したてと変わらない関係を守っていくことを決意したような文章には、思わず 良かったなあ と息を吐き出しました。

睦月の恋人・紺

紺は大学生で、「ただ睦月が好きなだけでホモではない」と話す、いたずら好きで真っ直ぐな青年。

ふたりの付き合いは10年以上で、別れるなんて考えた事すらない、いるのが当たり前という関係性には、絆とかいう言葉では浅すぎる深い繋がりを感じました。

彼は笑子ともすぐに打ち解けて親しくなり、先述の通り夫婦双方にとって大事な存在となります。

肝心な所で登場して大きく物語を動かしてくれるのですが、印象的だったのは睦月を殴るシーン

病院へ人工授精の相談に行った笑子が、医師に「睦月と紺くんの精子をまぜて、受精させることは可能か」と驚愕の質問をしたと知った紺は睦月を思い切り殴ります。「そんなに相手を追いつめるんなら、睦月は笑子ちゃんと結婚なんかするべきじゃなかったんだよ」と言い、翌日旅に出るのです。

紺は睦月を安心させるだけでなく、目を覚まさせるというか、ぼんやりしているものを自覚をさせる役割も持っているんだなと思いました。

あるべきポジションにすっと戻して、やるべきことを教えてあげるような感じ

結末に向かうにも欠かせない、物語のキーパーソンです。

3.感想

◎睦月と笑子はただ純粋に互いのことが好き。だからこそ相手を思いやって行動をするのだけど、結局追い詰めてしまうというのは切ない摂理だなと思った 

◎最後まで何も解決していないような気がした。セックスレスのままでいいのか、お互い気を遣わずやっていけるのかは謎のまま。結局紺くんを前より安定剤として頼ってく感じなのかな…

でもそこで終わっているということは 笑子と睦月は「これでいい」と納得したってことなんだろうなぁとも思った。 

4.最後に

ページ数はそこまで多くはありませんが、読んだあとは確実に世界を見る視点が変わります

 

普通」とは、「結婚」とは、「夫婦」とは。

様々に考えさせられる作品です。

 

途中何度か胸が締め付けられますが、最後は賑やかにハッピーエンドなのでご安心を。ぜひ読んでみてください。